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晴天の霹靂

『 晴天の霹靂』とは、このことを言うのだと思いました。

2021/12/11 筑波記念病院にて、浸潤性乳がんを告知されました。
ドクターに『今の時点で聞いておきたいことはありますか?』と聞かれ、『あ、ありません。今日は、無罪放免と言われる気満々だったんで・・・』と答えるのが精一杯でした。ドクターから『早期で根治可能』と言われたことは強く覚えています。

この日までの経緯は以下のとおりです。

2021年9月に会社の健康診断を受診。結果通知には精密検査を促す紹介状が2通入っていました。1つは乳腺外科、1つは消化器科でした。これまでも紹介状はいただいたことがありました。1年前は確か子宮関係、その前はやはり消化器だったと思います。いずれも、無罪放免となり、内心、(高額)精密検査ビジネスと揶揄していました。検査の受付、検査、検査の結果と最低3回の通院です。あぁ、まったく・・・。

10/16(土)乳腺外科へ。健康診断のときは、マンモグラフィは上下方向しか撮影していないので、水平方向にもとってみましょう、あと、エコーをやりましょうということになりました。まぁ、そういうことになるだろうなと想定内のお話がありました。自覚症状ですが、シコリは何度確認してもわかりませんでした。ただ、ときどき、チクチクする感覚は数年前からありました。けど、乳がんでは痛みを感じることはないと書いてあることが多かったので、気にしていませんでした。神経痛のようなものだろうと・・・。

11/2(火)放射線科へ。マンモとエコー。いてて・・・、やっぱり、マンモは痛いですよね。イメージとしては潰しながらひきちぎられる感じです。早くマンモに変わる、痛みのない検査機器ができてほしいです。エコーのほうはグリグリするだけだから痛みはありません。ふー、終わった。検査結果は2週間後。

11/13(土)乳腺外科で検査を聞く。ドクター『やはり、気になるものがあります。5ミリぐらいなんですけど、ちょっとギザギザした形。マンモだけからはわからないのですが、エコーとの合わせ技で硬度がわかるんですが、水疱ではなくシコリのように見えます。』『穿刺吸引細胞診をやりましょう』え??それになんか、ちょっと痛そうな名前だし、同意書もいるし・・・。本当にやらないきゃいけないの???からはじまって、不安が押し寄せ、この時点で、結構調べました。頭の中には脱毛と吐き気に苦しむ自分の姿・・・。
さっそく、友人でピンクリボンの相談員をやっている友人にメール。ざっくりと、しかも、重要な基本ポイントの解説をうけて、今の段階で心配しすぎとわかりました。自分なりにも調べてみました。可能性の話は山ほど出てくるけど確率の話はなかなか出てこないけど、ありました。細胞診の結果、乳がんを診断されるのは20人に1人ぐらいとあり、『そんな感じか、じゃ、大丈夫だな、もう、また検査にお金と時間を取られる~』、ぐらいに思っていました。

11/18(木)放射線科で細胞診。噂通りでしたが、部分麻酔をして、「バチン」「バチン」「バチン」って機械的な器具で何回かやって終わり。それほど、痛くもなく終わりました。続いてエコー。随分と入念な気がしました。とくに左についてはリンパのほうまでグリグリなんどもやっていました。『コロナワクチンやりましたか?』と聞かれました。その質問、なんで???不安が募りました。

この細胞診は暗い部屋でやります。それも雰囲気は微妙な感じでしたが検査室にいた3人(私を除く)が全員が女性。自然と自分の気持ちも楽だったのか、つい、抑えられず、その放射線科の先生に『どうでしょうか?』と聞いてしまいました。てっきり『ごめんなさい、お答えできないんです』って言われるかと思っていたのに、、、『たぶん、大丈夫だと思いますよ~、細胞を取ろうとしても、ぱーって逃げちゃって、たぶん、水疱だと思いますよ』と明るく答えてくれました。そっか!!!よかった!!!このお答えを全く疑うことことなく、その後の日々を過ごしていました。聞かないで、モヤモヤしないでよかった~と思っていました。母の状況が一進一退だったのでそちらに注力していました。

12/8(水)月が変わって、まもなく、母が89歳で亡くなりました。2週間前には一時帰宅し私の手料理で楽しく食事ができたのですが、その後、心不全が悪化して、最後の1週間は意識が薄れていくのを見守るだけでした。毎日、姉と交代で付き添いに行きました。母は最期まで病院を嫌がっていて、ホームで看取りをお願いしました。いよいよかとの予感も強くなっていたので12/4(土)に予定していた大腸検査はキャンセルしました。下剤を飲み始めたら駆けつけらるなくなるので。乳がん検査の結果は12/11(土)に聞くことになっていました。こちらは亡くなってから葬儀までの合間ではありましたが、『白でしたよ』って聞いてくるだけの簡単なお仕事なんだから、先延ばしにしないで行くことにしました。

で、告知されたのが12/11(土)です。母を失った悲しみと、自分のおかれている状況がわからない不安とが、交互に錯綜する日々でした。

先の乳がんの先輩、そして、ピンクリボン活動で電話相談をしている友人に即電話。そして、15分ほどで、あらあらの情報を教えていただきました。

私の今わかっている情報は次のとおり。

・浸潤性乳がん
・左胸 4時の位置、核5~8ミリ、ギザギザ
・早期
・細胞診の結果では進行性を示す値は低い(細胞診の結果は少しの細胞での結果なので参考程度ということらしい)

そして、友人の説明はよどみなく…
『2人に1人が癌になる時代、女性の11人に1人は乳がんになる。早期であれば根治可能。手術は部分温存で、放射線治療がマストになるんじゃないかな。病院は筑波大がおすすめ。『抗がん剤』をやるかなどの詳細な再発予防治療は手術で切除した細胞の病理検査の結果で確定するサブタイプ次第。筑波大であらためて検査やらなんやらあるから、手術は2月ぐらいになるだろう、再発防止治療は病理検査結果のでる3月後半からだろう。治療は家族の協力が必要だから結果を聞きに行くときはついて行ってもらった方がいい。これから、不安から食欲が減ると思うから、食事には気を付けてね。』

ふーむ、手術はするんだ。なんか、先が長いなぁ・・・。
そして、結果聞くのに付き添ってもらう???立派な大人なのに?
そんなに思いがけないことを言われるのかなぁ?
来年、どのぐらい元気に働けるんだろう・・・?

『抗がん剤』、、、このキーワードには恐怖心しかないです、あぁ・・・・・・・

こんな感じの中、私は、母の死とともに、葬儀の段取り、ホームの退去など忙しくしていました。ようやく一段落し、筑波大学附属病院の診察日までの間、適切そうな本を読みました。

乳がんとなると必ず出てくるキーワードも頭に入ってきました。

特に私のおすすめは、右の国立がん研究センターの図書です。知っておくとよい内容が満遍なく盛り込まれています。科学的な根拠も示されていましした。そこで得られた情報は『早期の乳がんは完治できる』
それでも、会社のプロジェクト管理表をみながら、このころ、自分はどうなってるだんろうって、つい考えていました。

『乳がんさん、こんにちは』そんな気分になるには、もう少し時間がかかりそうです。
会社にはいつ言おう。言っても、心配をかけるだけだから、もう少し、先行きがはっきりして、自分の覚悟がはっきりしてからにしよう。友人が言ってた『みなさん、食欲が減ります』そういうものかと思っていましたが、私は全く減っていません。

いらぬ心配する前に、早期に発見してくださった、筑波記念病院のMドクターにお手紙を書きました。先生、見つけてくれてありがとうございました。




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