スキップしてメイン コンテンツに移動

手術(部分切除)の前日~当日

思えば、告知を受けた日(12/11)から、かれこれ、2か月。いよいよ手術を受けました。

11階病室からの眺望

1月末から、オミクロン株が隆盛となり、テレビでは連日、病床使用率の話が出てくるようになりました。そういえば、病院からは、コロナのために手術が延期になることもあります、という説明も受けていたので、日に日に心配になっていました。

コロナじゃなくても、筑波大付属病院の場合は、翌週の入院・手術予定については、金曜日に連絡があるということでした。担当医から「差額の発生する特別室でもよければ、病室はほぼ確実に確保できる」と聞いていたので、そうしておいて良かったと思う毎日でした。で、金曜日の夕方に連絡があり、いよいよ、日曜日に入院が決まりました。こうなると、あとは心配することもありません。

会社に心配性の方がおられ、私がコロナにかかり手術が延期になることをさけるために、手術の前2週間は完全にテレワークをしていました。これに続けて、手術ウィークは1週間を休むので、3週間も会社に行きませんでした。こんなことは、20年余り、一度もなかったと思います。

さて、入院の朝は日曜日だったので、夫に送ってもらいました。病院も空いています。9:30には行ったのですが、入院手続きの順番待ちやら、何やらで、結局、病室に入ったのは11時前ぐらいだったと思います。ここで、私の担当となる看護師のI関さんと初めての出会い・・・。とっても可愛くて、今時の看護師さんはこんなに可愛いのか?とか思いましたが、誤解を恐れずに言えば、彼女はかなりレベルの高い可愛さでした。

I関さんに導かれ、いよいよ病室に!!!なんて眺望のよい個室なのでしょう!!!それだけで感動しました!まさかの最上階のお部屋!しかも天気がよかったので、筑波が一望できました。この眺望を楽しまないわけにはいかないので、机配置を決めて、その日は残っていた仕事をしながら、夕焼けまで。ただ、高所恐怖症なので地震が来ないで・・・と祈っていたら、その晩、震度3がきました(笑) さすがの免震構造、体感震度1もなかったです。

別府大分マラソン観戦

パソコン、ポータブルスピーカー、眺望のコンボ

夕焼けも美しい

院内探訪(休日の午後はさすがに静かなロビー)

12階の展望ロビー(筑波山~宝篋山)

飲み物と小腹対策(院内ローソン)

翌日は朝食抜きになるので、しっかり食べて、せっかくなので、お風呂もためて、ゆーーーーっくり入って、リラックス。念のため買い込んだ小腹対策にも手を出さず。眠剤も出たので、22時には布団の中で気持ちよく寝付きました。でも、術前、術後は集中監視対象なのか、2時間おきには看護師さんが様子を見に来ていたように思います。

夕食(美味しい)

お風呂。持参したお気に入り入浴剤でリラックス

で、手術の日!さー、いよいよです。朝4時から目がぱっちり。でも、早すぎるかと6時まで我慢して、そこからは、手術後のシミュレーション。動けない可能性を考えて、枕元にスマホやペットボトルを入れた小物入れを配置。看護師さんが来るのをテレビを見ながら、待ちます。オミクロンとオリンピックしか、この世の話題はないのか?ウクライナは大丈夫のなのか?などと思いながら、そわそわ・・・。看護師さんが来てくれました。担当のI関さん、とっても可愛くて、話しているだけでも楽しくなるような女性でした。ラッキー。

朝焼け、日の出位置の確認
朝焼け
枕元に全部集めておいたが、術後はすべて遠くにあった・・・

早々に、手術着に着替えて、8時頃、I関さんに点滴用の針(というかチューブ)をセットしてもらい、準備万端。手術は10時半ごろの予定。これに先立ち、センチネルリンパ節生検のため放射線科の外来検査室に向かいます。月曜日の朝ですから、1階のロビーはごった返していました。その人の波を超えて、B棟へ。無事、検査室に到着して、H井先生を待ちます。H井先生は、私の副主治医というお立場です。(ちなみに主治医、副主治医、受持医と3人の先生がついてくださるのですが全員女性でした。)センチネルリンパ節生検のための針をブスっと刺され、お薬・・・これが割と痛かったです。でも、子供のころに貧血で何度も刺されていた採血用の太い針に比べればなんてことありません。その後、あれは、CTなのかなぁ。放射線科でやったのだからCT?何千万クラス、いや億だろうか、わからないけど、大きな機械に寝そべって、10分ぐらいでしょうか、何か記録していただきました。たぶん、センチネルリンパ節への転移の有無を画像診断したのだと思うのですが。

ともかく、これを終えて、病室に戻り、手術室に呼ばれるのを待ちます。自分としては非常に落ち着いていました。で、前の手術が終わったので、10分後と言われて、いよいよ、出走、じゃなかった、出発です。I関さんに付き添われて、4階の手術室に。I関さんに、『緊張してますか?』と聞かれて、『いえ・・全然』と答えると、『そうですか~、泣き出しちゃう人もいるんですよ~。大丈夫そうですね、カッコいいです』などと言われて、そんなものかなぁと思う一方、確かに、全摘だったり、ステージが深刻だったりすれば、そういう心の乱れがあっても不思議ではないかなぁなどと思い、自分が手術に対して、そこまでナーバスにならずに済んだのも、初期発見だったからと、感謝。

で、手術室前室には、テレビでよくみる、医師用の消毒用シンクの脇をみて、手術室に入室。そこは想像していたようなサイズの部屋で、たぶん、20~30㎡ぐらいの無窓室です。かなり天井高がありました。4mはあったと思います。たくさんの機械があり、スタッフが8人ぐらいはいたような。あぁ、こんなに多くの人のお世話になるんだなぁと思いつつ、手術時用の帽子をかぶせられます。緊張してきた自分がいました。『なんか緊張してきました』とI関さんに言ったつもりが、彼女は手術室には入れないらしく、見当たりませんでした。

術台にはステップを使って、自分であがります。いよいよです。まな板の鯉!

心電図をとるためのなにかや、バイタル用のなにかとか、手際よく、次々とつけらえます。スタッフがいろんな術前点呼をしています。『〇〇OK!』とか。そして、挿管のためなのか『やや小顎!』と聞こえました。まぁ、そうだけど・・・自分が欠点だと思っていることをテキパキと言われると変な気分ですがスルー。そうしているうちに、B東先生が『さー、やっていきましょうね~』と持ち前の柔らかい声で話しかけてきてくれました。先生には、その声の質とお話のし方に魅力があると思います。そして、ほんのり、手を握ってきてくれました。たぶん、握手的な意味があったのだと思いますが、それがすごく心強く感じました。先生の柔らかい手をなんども握り返してしまいました。

『では始めていきますよ~』と聞こえて、あぁ、始まるんだなと思ったかどうかのうちに記憶が無くなっていました。

そして・・・『〇さん、おわりましたよ~』。無機質な手術室の天井と照明が見えました。一瞬、ここはどこ?って思いましたが、すぐに、認知でき、『ありがとうございました。』と言っていたと思います。目が覚めてから挿管を取ると読んでいたのですが、そのときは既になかったです。自分の声がすこしかすれているなと思いました。続けて『何時ですか?』と聞くと、『えーっと、12時50分ですよ』と言われました。頭の中で、計算・・・。

えっーっと10時30分すぎに呼ばれたんだから40分~50分ごろ始まったとすると、2時間ぐらい経ったってことだ。いや、まてよ、もう一度、検算してみよう。あってるよな、予定通りに終わったんだと、確認しました。そんなことを考えながら、ガラガラと部屋までストレッチャーで運ばれました。このとき、次に考えていたのは、建築士の試験で何度も出てくる、ストレッチャーのサイズやEVサイズ、廊下サイズ・・・なんで、今、こういうことが思い出されるんだろうと思いながら、運ばれるのをある意味楽しんでしました。

で、お部屋に戻り・・・、で、ここから悶絶の3時間となります。いろんなものがまだついていて、動けない、飲んではいけないというものです。最初の1時間はうとうとしていたのですが、後半の2時間が長い長い!!!準備していた小物入れは窓際に遠く片づけられていました。

やたら、酸素吸入マスクがじゃまくさく、喉が渇くし、そのせいかむせるし、傷が痛いし、同じ姿勢をしているから腰が痛いし・・・。ときどき、うとうとできるのですが、だんだん、イライラが募ってきます。2時間たったところで、こんどはトイレがしたくなってきました。どうしよう、、、我慢できそうな気もするけど・・・あ、そうだ!トイレを理由に動けるようにしてもらって、ついでに水も飲もう。意を決し、ナースコール。でも、浅はかでした。懇願しても、あと1時間はダメだと言います。どうしても我慢できないのであれば、寝ながら・・・と言われます。もう頭の中は排出する予定になっていたので、我慢できるわけありません。で、専用のパットと腰あてみたいのをセットしていただき、しーしー・・・・。このときの看護師さんがI関さんじゃなくて、別の看護師さんだったのですが、始末のときにはI関さんが来てくれて、何やら、自分が対応しなくてすみません、的なことを言って謝っていました。あーん、I関さん、ごめん。

そして、そのとき何か感じていてくれてたのか、I関さんが予定より早く見に来てくれました。で、少し体勢を変えたいと懇願したら、気前よく、ベッドの頭部分をあげてくれて、すごく楽になりました。ついでに、『気を紛らわせたいのでテレビつけてもいい?』と聞いたら、つけてくれました!!!やった~、これで何とかあと1時間我慢できそう・・・。

このとき、本当に個室にしておいて良かったなと思いました。

そうして、なんとか3時間が経過して、心電図が外されて、点滴だけになりました。水も飲んでいいし、トイレに行ってもいいとのこと。やった~、万歳!!!スマホを見る気にもなってきて確認すると、夫には11時40分には手術の報告がB東先生からあったとのことでした。予定どおり終わって、そのあと1時間後に麻酔から覚めたんだなと再確認。

さて、ベッドから降りて恐る恐る歩いてみると、胸の圧迫包帯のせいか、ちょっと苦しいけど、腰も伸びて、椅子に座ったりして、どんどん楽になりました。・・・となると、今度はお腹が空いてきました。

24時間ぶりの食事。カラフルな元気カラー

食事は18時過ぎでした。美味しそうです!!!その前に、点滴用のチューブはそのままに、点滴ははずれ、さらに動きやすくなりました。手術を心配してくれていた友人にLINEしたり、ぼやっとテレビを見たりしているうちに、眠くなってきました。あぁ、ずっと寝てたのに、まだ眠れるんだなぁと思いつつ、早めに消灯。この日は何度か目が覚めましたが、個室ですから、トイレも行き放題。本当に個室でよかった。

コメント

このブログの人気の投稿

左乳房温存+放射線治療

2022年、病院の仕事はじめの正月4日に主治医からの診療説明を受けることとなった。自分ひとりで行く気満々だったけど、その日、ちょうど人間ドックで会社を休んでいた夫が行けるとのこと。なんだか面倒くさいなぁと思ったのだけど、万が一、想定外の話になったとき冷静に聞いてくれる人がいたほうがいいとのアドバイスがあったのでお願いすることにしました。他人について行ってもらう通院って、それこそ、10代のころ以来だと思う。いい大人が付き添い付きだなんて・・・と、なんとなく気恥ずかしさがありながら、診察室に入室。 結果、とにかく狭い!!! あんな狭いところに、私と夫、主治医と看護師の4人。完全に密です(笑) こんど、こっそりCO2センサーをもっていこうと思う。 主治医のBドクターから、乳房MRIなどのいわゆる、広がり検査の結果をふまえた結果と診療計画を聞かされました。ざっくり言うと特に新発見はなく、核は小さく(大きくても1センチ)、リンパへの転移なしで、ステージ1(早期)とのことでした。抗がん剤も使わないですむと思いますとのことでした。これには、あらためて、ほっとしました。 実際には資料に従って丁寧に説明いただきました。事前に予習してあったこともあって、ほとんど不明だと思うことはありませんでした。初耳の単語がないというだけでも大きな安心感だと思いますので、やっぱり、ある程度は勉強しておくことがおすすめな気がします。 私に向けられた質問は2つだったと思います。1つは、手術の方法について。乳房温存部分切除+放射線治療にするか、全切除するかです。これは患者本人の志向に大きく依存するものと思う。とはいえ、普通に考えれば、乳房温存だと思うのに、これを選ばない方の考えはどのようなものか疑問に思い、お聞きしてみました。乳房温存というのは、部分切除のため癌細胞を取り切れない可能性もあるし、再発防止のために放射線治療が前提となっている。それで、この放射線治療を嫌う人がいるとのことでした。放射線照射そのものが嫌だという人、あるいは、放射線治療のために連日通院することを嫌がる人もおられるとのことだった。確かに、そういうことはあるかもしれない。放射線と聞いただけで怖いと感じる人も多いと思う。実際には日常生活でも結構放射線を浴びているという予備知識があった私は温存を選択しました。やっぱり小さく切ったほうが体が楽...

手術翌日~退院まで

当初2泊3日で帰れるかな?と考えていましたが、無理でした。翌日の朝はまだまだ痛いです。でも、朝食がとれると、点滴チューブも外され、圧迫包帯も取られました。 朝食 10枚切りを2枚とスープ、サラダ。 看護師さん、副主治医、受持医が次々と傷を見に来られました。自分でも見てみましたが、腫れもなく、少し内出血しているかな?ぐらいのものでした。言ってみれば、「吞みすぎて、どこかで転んでぶつけた?」みたいな感じになっていきます。 昼食 わかめご飯と魚 それでも、昼まではゴロゴロして、昼からはオリンピックのフィギュア男子ショートを見ました。熱もバイタルも安定していたのに、羽生君のまさかの第一ジャンプの失敗をみたら、微熱が出てきました。そしたら、主治医のB東先生がちょうと回診に来られて、「熱があるんですか?」と言われたので、「ゆずくん、ショックで・・」という言うと、先生も合わせてくれました。「そうなの?あ~、このあと、ネイサン・チャン?あの人、なんか完璧すぎてね・・・」って。「そうですよね~」とお話ししました。そうか、B東先生は完璧すぎる男は嫌いなんだなと思いました。「明日退院できますよ」B東先生はお人柄も気持ちのよい、素晴らしい先生です。 北京オリンピック 羽生のまさかのジャンプミスに発熱 タリーズまで買い出し。美味しいコーヒー。日常へのリハビリ。 だんだん、コーヒーが飲みたくなってきました。思い切って、1階のタリーズまで行きました。ロビーは人でいっぱいでした。そして、午後はパソコンに向かって、原稿をまとめました。だいたいストーリーはできました。これなら、あとは数字を準備して、月末までには仕上げられるという自信も出てきました。なので、退院したら、まずは、セミナー資料をやっつけようなどと思いつつ、ゆっくりと過ごしました。 夕焼け 世間で起こっていることが隣の国のことのよう この日は朝、昼、晩と病院食を食べたわけですが、見た目もよいし、レシピも今風で、どれもおいしかったです。いつもは、明らかに食べ過ぎていると実感しました。 夕食 ご飯と豚、みそ汁、オレンジ 昨日、たくさん冷や汗をかいていたので、お風呂に入りたかったのですが、今日まではダメっていうことで、ホットタオルで拭き拭き。黄色い消毒液がついていたのをぬぐいました。シドニーで帝王切開後、看護師さんが全身を拭いてくださったことを思い...