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職場復帰(手術から7日目)

先にも書いたように、手術前はテレワークをしていたので、会社に行くのは3週間ぶりだ。ちょっと、落ち着かない気がして、月曜日から出勤だったが、前の週の木曜の夕方に顔を出してみることにした。 ▲早速、退院祝い その前に、美容院で髪を綺麗にして、スイッチオン。そのあと、手土産をもって、会社に。夕方だから、みんな忙しい。でも、この空気感がいい。みんなが、それぞれにファイトしている。私も来週から、頑張るぞって元気をもらった。 ▲お見舞いをいただいた同僚にイチゴ! 月曜日はいつもどおり、7:40には出勤。静かなオフィスでメールチェックやら、机の資料に目を通した。思ったよりは溜まっていない。いろんなことを延期して、入院したからなぁ・・・。 自分としては、何も変わらない日常があっという間に戻ってきた。先週の今頃、悶絶していたなんて、全く信じられないほど、元気だ。まぁ、あえていえば、少し違和感はある。けど、このほのかな痛みも徐々に減ると思うし、慣れていくんだと思う。 火曜日には顧問が来て、いろんな話をした。『元気そうやね』と言われて、『ちょちょんと取っただけですから!簡単な手術です』と答えた。と心配させないように嘘じゃない程度に話したけど、『簡単な』は余計だったかもしれないと、病院の先生方や泣きついた看護師I関さんを思い出す。けど、これでいいんだと思う。これからは、乳がんは初期に発見して、みんな普通に手術して治せる病気なんだから。 だんだん、調子が出てくるものの、セミナーの準備はあれこれ考えすぎてしまった。詰め込みすぎて、60分のところ75分も喋ってしまった。けど、これを顧問が聞いていたみたいで、後から『GoodJob やったよ』とメッセージが来た。このごろは、なるべく自分の言葉で、自分事として話すようにしているが、それが響くような気がしている。同じ内容で来週もやるので、がんばろー。 そんなあんなで1週間が無事終わろうとしていたら、なんとコロナの3回目接種券が前倒しできた。ファイザー、ファイザー、モデルナとなるため、副反応が予期されたので、なるべく週末前に受けたい。で、急遽、金曜日に受けた。本当は手術の主治医の許可がいるらしかったが、退院のとき何も言われなったし、特に行動制限はないと言われていた。当然、NGなら言われたはず。という勝手解釈で、ただ、右のほうがいいかなと思って、受けた。 ...
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手術翌日~退院まで

当初2泊3日で帰れるかな?と考えていましたが、無理でした。翌日の朝はまだまだ痛いです。でも、朝食がとれると、点滴チューブも外され、圧迫包帯も取られました。 朝食 10枚切りを2枚とスープ、サラダ。 看護師さん、副主治医、受持医が次々と傷を見に来られました。自分でも見てみましたが、腫れもなく、少し内出血しているかな?ぐらいのものでした。言ってみれば、「吞みすぎて、どこかで転んでぶつけた?」みたいな感じになっていきます。 昼食 わかめご飯と魚 それでも、昼まではゴロゴロして、昼からはオリンピックのフィギュア男子ショートを見ました。熱もバイタルも安定していたのに、羽生君のまさかの第一ジャンプの失敗をみたら、微熱が出てきました。そしたら、主治医のB東先生がちょうと回診に来られて、「熱があるんですか?」と言われたので、「ゆずくん、ショックで・・」という言うと、先生も合わせてくれました。「そうなの?あ~、このあと、ネイサン・チャン?あの人、なんか完璧すぎてね・・・」って。「そうですよね~」とお話ししました。そうか、B東先生は完璧すぎる男は嫌いなんだなと思いました。「明日退院できますよ」B東先生はお人柄も気持ちのよい、素晴らしい先生です。 北京オリンピック 羽生のまさかのジャンプミスに発熱 タリーズまで買い出し。美味しいコーヒー。日常へのリハビリ。 だんだん、コーヒーが飲みたくなってきました。思い切って、1階のタリーズまで行きました。ロビーは人でいっぱいでした。そして、午後はパソコンに向かって、原稿をまとめました。だいたいストーリーはできました。これなら、あとは数字を準備して、月末までには仕上げられるという自信も出てきました。なので、退院したら、まずは、セミナー資料をやっつけようなどと思いつつ、ゆっくりと過ごしました。 夕焼け 世間で起こっていることが隣の国のことのよう この日は朝、昼、晩と病院食を食べたわけですが、見た目もよいし、レシピも今風で、どれもおいしかったです。いつもは、明らかに食べ過ぎていると実感しました。 夕食 ご飯と豚、みそ汁、オレンジ 昨日、たくさん冷や汗をかいていたので、お風呂に入りたかったのですが、今日まではダメっていうことで、ホットタオルで拭き拭き。黄色い消毒液がついていたのをぬぐいました。シドニーで帝王切開後、看護師さんが全身を拭いてくださったことを思い...

手術(部分切除)の前日~当日

思えば、告知を受けた日(12/11)から、かれこれ、2か月。いよいよ手術を受けました。 11階病室からの眺望 1月末から、オミクロン株が隆盛となり、テレビでは連日、病床使用率の話が出てくるようになりました。そういえば、病院からは、コロナのために手術が延期になることもあります、という説明も受けていたので、日に日に心配になっていました。 コロナじゃなくても、筑波大付属病院の場合は、翌週の入院・手術予定については、金曜日に連絡があるということでした。担当医から「差額の発生する特別室でもよければ、病室はほぼ確実に確保できる」と聞いていたので、そうしておいて良かったと思う毎日でした。で、金曜日の夕方に連絡があり、いよいよ、日曜日に入院が決まりました。こうなると、あとは心配することもありません。 会社に心配性の方がおられ、私がコロナにかかり手術が延期になることをさけるために、手術の前2週間は完全にテレワークをしていました。これに続けて、手術ウィークは1週間を休むので、3週間も会社に行きませんでした。こんなことは、20年余り、一度もなかったと思います。 さて、入院の朝は日曜日だったので、夫に送ってもらいました。病院も空いています。9:30には行ったのですが、入院手続きの順番待ちやら、何やらで、結局、病室に入ったのは11時前ぐらいだったと思います。ここで、私の担当となる看護師のI関さんと初めての出会い・・・。とっても可愛くて、今時の看護師さんはこんなに可愛いのか?とか思いましたが、誤解を恐れずに言えば、彼女はかなりレベルの高い可愛さでした。 I関さんに導かれ、いよいよ病室に!!!なんて眺望のよい個室なのでしょう!!!それだけで感動しました!まさかの最上階のお部屋!しかも天気がよかったので、筑波が一望できました。この眺望を楽しまないわけにはいかないので、机配置を決めて、その日は残っていた仕事をしながら、夕焼けまで。ただ、高所恐怖症なので地震が来ないで・・・と祈っていたら、その晩、震度3がきました(笑) さすがの免震構造、体感震度1もなかったです。 別府大分マラソン観戦 パソコン、ポータブルスピーカー、眺望のコンボ 夕焼けも美しい 院内探訪(休日の午後はさすがに静かなロビー) 12階の展望ロビー(筑波山~宝篋山) 飲み物と小腹対策(院内ローソン) 翌日は朝食抜きになるので、しっかり食べ...

病院まで往復12キロ歩く

手術まで3週間となった。術前の通院としては、事実上、これが最後。麻酔科の診察だ。この日に合わせて、のびのびにしていた大腸検査も午前中に設定したので、ダブルヘッダーでの通院。なんだか、立派な病人だ。大腸検査は2回目とあって、前回の反省、すなわち、下痢している間の体温管理がうまくいかずに寒気がきつかったのを思い出して、途中、温かいお湯を飲むなど工夫したら、苦労なく下剤を飲み切れた。検査結果も問題なし!ということで、午前中の気分は上々。昼ごはんは家で、八郷で買ってきていた紐かわうどんを食べた。自画自賛だけど、野菜たっぷりのうどんは美味しい~。元気が自ずと出てくる。 そして思いついたのが、午後の筑波大には徒歩で行くことだ。大腸検査では鎮痛剤を使用したので車の運転はしないでくださいということだったので、当初はバスかタクシーと考えていたけど、片道6キロだし自分の足でいけるんじゃ?、でも汗をかきたくないから、さすがにジョギングはやめよう。ということで歩くことにした。90分も見れば十分。時間も明るいうちに帰ってこれそうな絶好なタイミングになりそう。そうして、気分よく、ペデストリアンを赤塚~大学まで堪能することにした。とてもよい気分転換になった。 ▲救急入口付近から見上げてみた ▲冬枯れしているけど気持ちいいペデ さて、麻酔科の診察って何だったのかと言えば、要は、手術の段取りと麻酔の弊害・アレルギーの有無などの問診があった。看護師さんによる問診とともに、手術の段取りの説明を受ける。それを聞いて、初めて、全身麻酔がどのようなものか理解できた。テレビでよく見る、酸素マスクと喉に送管を付けるあれをやるんだということがわかった。いろんな管を付けるときは麻酔が効いてからだから知らないうちにそうなっているわけだけど、取るのは麻酔が覚めてからなので結構驚くらしい。あと、喉の大きさや形状によっては入りにくい場合、歯が欠けたり・・・なんてこともあるらしい。結構な力で押し込むんだと思う。去年、奥歯の大工事をしてあるので安心した。来週も歯のクリーニングを予定しているのだけど、ちょうど良かった。 その後、タブレットを渡されて、手術についての説明動画をみさせられる。手術室に入室~退室の流れとか、パンツだけになってバスタオルがかけられる、髪はしばり、アクセサリーは取る、ネイルはしない・・などなど。あと、さらっと...

周囲の反応は慎重論が多し

乳がんステージ1の場合、根治率が100%に近いというのに、周囲の反応は慎重論が多数だなと思う。やはり、『乳がん』という言葉の印象のネガティブ度は以前として高い。 で、どこまでの人にお話しするか、最初は迷った。この点は、結構、多くの方が悩むと思う。結論的には、自身の心がコントロールしやすくなる範囲に知らせるのが適当だと思う。話したとき、過剰に心配される場合もあり、『そんなに心配する状況ではない』ということを説明するのに自分が疲れないことが大切。 本当は会社にも知らせなくてよいと思ったぐらいだけど、さすがに休みをたくさんまとめて取得するので、話しておいた方が人間関係がスムーズだからお伝えすることにして、あとは、家族と、ごく親しい、というか知っておいてもらっても差し支えない(心配されすぎない)友人に話すことにした。で、実際、どうだったか。 まず、同居家族の反応。夫と長男。2人とも理系ということもあり、数字への対応は慣れているらしく、根治率を伝えてあるので、ほぼ全く心配していない模様。やや物足りない気もするが(笑)、これが正しい反応だと思う。毎日、一緒に暮らしているのに、特別扱いされるとかえってやりにくい。 次に、非同居の実姉と実弟。普段はあまり交流がないのだが、実母が亡くなったばかりなので、その残務整理の都合上、結構頻繁に連絡しあっている。姉が過敏に反応することは、ある程度予想していたが、弟が突然、優しくなった(笑)。駅まで送っていくだの、おすすめのケーキを買ってあげるとか言ってくるようになった。心配されて気分が悪くはないが、乳がんで亡くなる方の印象が強いんだと思う。 会社の人たち、特に男性陣は冷静。これが一番ありがたかったし、この感じで日ごろから見守ってくれてるんだなと思った。これが実感できたことが嬉しかったです。女性陣はやはり揺れる人もいました。遺伝的に乳がんに心配をかかえている人がいることがわかりました。これまで会社では隔年のマンモグラフィでしたが、これからは毎年、福利厚生でマンモグラフィとエコーを受けられるよう会社に働きかけていきたい。 友人には、極力お伝えしていませんが、癌経験のある方にはアドバイスをいただくためにお伝えしました。やはり経験者は違います。細かい心のケアにつながる言葉をいただきました。たとえば、『揺るがない完治のイメージを強く描くこと』『入院時、周...

左乳房温存+放射線治療

2022年、病院の仕事はじめの正月4日に主治医からの診療説明を受けることとなった。自分ひとりで行く気満々だったけど、その日、ちょうど人間ドックで会社を休んでいた夫が行けるとのこと。なんだか面倒くさいなぁと思ったのだけど、万が一、想定外の話になったとき冷静に聞いてくれる人がいたほうがいいとのアドバイスがあったのでお願いすることにしました。他人について行ってもらう通院って、それこそ、10代のころ以来だと思う。いい大人が付き添い付きだなんて・・・と、なんとなく気恥ずかしさがありながら、診察室に入室。 結果、とにかく狭い!!! あんな狭いところに、私と夫、主治医と看護師の4人。完全に密です(笑) こんど、こっそりCO2センサーをもっていこうと思う。 主治医のBドクターから、乳房MRIなどのいわゆる、広がり検査の結果をふまえた結果と診療計画を聞かされました。ざっくり言うと特に新発見はなく、核は小さく(大きくても1センチ)、リンパへの転移なしで、ステージ1(早期)とのことでした。抗がん剤も使わないですむと思いますとのことでした。これには、あらためて、ほっとしました。 実際には資料に従って丁寧に説明いただきました。事前に予習してあったこともあって、ほとんど不明だと思うことはありませんでした。初耳の単語がないというだけでも大きな安心感だと思いますので、やっぱり、ある程度は勉強しておくことがおすすめな気がします。 私に向けられた質問は2つだったと思います。1つは、手術の方法について。乳房温存部分切除+放射線治療にするか、全切除するかです。これは患者本人の志向に大きく依存するものと思う。とはいえ、普通に考えれば、乳房温存だと思うのに、これを選ばない方の考えはどのようなものか疑問に思い、お聞きしてみました。乳房温存というのは、部分切除のため癌細胞を取り切れない可能性もあるし、再発防止のために放射線治療が前提となっている。それで、この放射線治療を嫌う人がいるとのことでした。放射線照射そのものが嫌だという人、あるいは、放射線治療のために連日通院することを嫌がる人もおられるとのことだった。確かに、そういうことはあるかもしれない。放射線と聞いただけで怖いと感じる人も多いと思う。実際には日常生活でも結構放射線を浴びているという予備知識があった私は温存を選択しました。やっぱり小さく切ったほうが体が楽...

約40年ぶり?の筑波大学付属病院

私は10代のころ、貧血がひどくて、ずっと筑波大学付属病院に通っていました。先日58歳となったのですが、その診察記録が今も残っているのか、予約は【再診】に振り分けられました。当時はまだまだデジタル化されてなかったと思うので、後付けで電子カルテ化がなされていたんだと思います。 紹介状や筑波記念病院での検査結果を受付で渡すと、電子カルテに読み込まれるようです。それでも、受付のあちこちは紙タバが無造作に置かれています。このあたりは病院の歴史でしょうか。増築であちこち変わったところはありましたが、もともとあった吹抜けロビーや渡り廊下といった配置は記憶がよみがえってきました。駐車場もそうですが、受付ロビーも診察室も人で溢れていました。ようやく乳腺外科にたどりつきましたが、女性ばかりでもなくご夫婦連れも多くみられました。そういうものなんですね・・・。主治医の先生は40代と思われる女医さんで、とても温和な雰囲気の方でした。先生の診断は、筑波記念病院のMドクターとほぼ同じでした。 ・早期なので完治できます ・手術はすることになりますが、詳細は検査の結果をみて。 ・今日は、尿検査、血液検査、心電図、レントゲン。後日、MRIとエコー ・結果は年明けに。一人で聞きますか? 私は一番気になっていたことを聞きました。それは、10月から新しい役職を打診されていて受けることにしていたので、もし、これをやめたほうがいいのであれば、早く協議する必要があります。先生の回答は『10月ごろには術後治療も終わって、すっかり落ち着ていると思いますよ。』これを聞いて、あらためて安心しました。 いろいろ検査をまわって、会計を済ませて駐車場に戻ると真っ暗でした。 そうだ、今日は冬至だった。病院は夜通し明かりは消えないのでしょうね・・・。昼間はドクターヘリや救急車がせわしく、夜も明かりが消えることはない・・。今年1年聞き続けていた『エッセンシャルワーカー』と言われる方々の労を思い知ります。車に乗り込み、会社から帰るより、ずっと早い時間ですが一目散で帰宅しました。コロナで人にあう機会が減っていたせいか、今日は病院で人酔いしたのか、すっかり疲れました。コロナになって、家では長男がテレワークをしています。灯りがある家に帰るのはいいものですね。 【癌優先枠】を使って、乳房MRIという先進検査を受けました、造影剤を使った無痛の検...