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約40年ぶり?の筑波大学付属病院

私は10代のころ、貧血がひどくて、ずっと筑波大学付属病院に通っていました。先日58歳となったのですが、その診察記録が今も残っているのか、予約は【再診】に振り分けられました。当時はまだまだデジタル化されてなかったと思うので、後付けで電子カルテ化がなされていたんだと思います。

紹介状や筑波記念病院での検査結果を受付で渡すと、電子カルテに読み込まれるようです。それでも、受付のあちこちは紙タバが無造作に置かれています。このあたりは病院の歴史でしょうか。増築であちこち変わったところはありましたが、もともとあった吹抜けロビーや渡り廊下といった配置は記憶がよみがえってきました。駐車場もそうですが、受付ロビーも診察室も人で溢れていました。ようやく乳腺外科にたどりつきましたが、女性ばかりでもなくご夫婦連れも多くみられました。そういうものなんですね・・・。主治医の先生は40代と思われる女医さんで、とても温和な雰囲気の方でした。先生の診断は、筑波記念病院のMドクターとほぼ同じでした。

・早期なので完治できます
・手術はすることになりますが、詳細は検査の結果をみて。
・今日は、尿検査、血液検査、心電図、レントゲン。後日、MRIとエコー
・結果は年明けに。一人で聞きますか?

私は一番気になっていたことを聞きました。それは、10月から新しい役職を打診されていて受けることにしていたので、もし、これをやめたほうがいいのであれば、早く協議する必要があります。先生の回答は『10月ごろには術後治療も終わって、すっかり落ち着ていると思いますよ。』これを聞いて、あらためて安心しました。

いろいろ検査をまわって、会計を済ませて駐車場に戻ると真っ暗でした。


そうだ、今日は冬至だった。病院は夜通し明かりは消えないのでしょうね・・・。昼間はドクターヘリや救急車がせわしく、夜も明かりが消えることはない・・。今年1年聞き続けていた『エッセンシャルワーカー』と言われる方々の労を思い知ります。車に乗り込み、会社から帰るより、ずっと早い時間ですが一目散で帰宅しました。コロナで人にあう機会が減っていたせいか、今日は病院で人酔いしたのか、すっかり疲れました。コロナになって、家では長男がテレワークをしています。灯りがある家に帰るのはいいものですね。

【癌優先枠】を使って、乳房MRIという先進検査を受けました、造影剤を使った無痛の検査というのは本当にありがたいです。こうして年内の予定は終了。年明け検査結果を聞くまでもなく、2月頃には手術(3~4泊)、その後、再発治療をする、そのことだけは決定しました。告知を受けてから、約2週間でここまでのことがわかることはないそうです。そのぐらい乳がんが増えていて、混んでいるそうです。コロナのおかげかもしれません。

仕事、実家の整理・相続、そして、治療、これらをバランスよくやっていくためには、何と言っても気力が必要!朝ランを再開しました。

氷点下4℃。池が半分、凍っていました。手術までに体力をつけます。そして、体重を減らします。体重が多いと薬の量が増え、費用も掛かります。『高額療養費手当』も受けることになります。なるべく社会に無駄な負担をおかけせずに完治したいものです。

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